千葉市にあって、なぜ”袖ヶ浦”と言うのだろう??

鎌取駅方面から大網街道を通って千葉県こども病院に行く途中に、ゴルフ場がある。
袖ケ浦カンツリークラブの袖ヶ浦コースである。秋にはブリヂストンオープンも開催される。
しかし、思うわけである。なんで袖ケ浦??? 海が近くにあるわけでもいじゃないか???。
千葉リハビリテーションセンターと隣接して袖ケ浦特別支援学校がある。
こちらも”袖ケ浦”と付いている。この学校はもともと「君津郡袖ケ浦町」という今の袖ケ浦市に設立された肢体不自由のこどもたちのための学校だという。昭和56年に現在地に移転したそうだ。
”千葉リハセンター”に隣りに移設したのになんで”袖ケ浦”を残したのでしょう。それこそ千葉特別支援学校としてもよかったかもしれません。

もしかすると、昭和35年に開業した袖ケ浦カンツリークラブが近くにあったので、袖ケ浦の名前のままでよいと思ったのかもしれません。
ちなみに平成3年になって、千葉県立千葉特別支援学校が、花見川区大日町に設立されています。
ところで、古事記には日本武尊(やまとたけるのみこと)” が東国征伐へ向かう途中、三浦半島の走水から房総へ船で渡ろうとしたとき、嵐に遭って、 妃であった ”弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)” が入水する事で、荒れた海を鎮め、海を渡る事ができたという。そして妃の袖が流れ着いたという言い伝えが生まれ、「袖ケ浦」という地名が生まれた。ちなみに、習志野市にも袖ケ浦があり、片方づつの袖が流れ着いたとの、神話になっているそうです。
それで、本納にある橘樹神社(たちばなじんじゃ)は、上総国(かずさのくに)二宮として、弟橘比売を祭っているのですね。
ちなみに玉前神社が一宮であり、JRの駅としても上総一宮があります。

コメント

  1. こんにちは、これはコメントです。
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